うなぎの世界

鰻は成熟するため、川を遡上する

シラスウナギの溯河

 変態したばかりのシラスウナギは、全長4.6~6.6mmで、それまでの柳葉波状をした扁平な形態から準円筒状に変化する。つまり、余分の水を放出すると同時に骨格や筋肉が発達してくる。

腸は短縮し、歯は永久歯となる。体も著しく縮小し、その比重も大きくなる。この時期は河口近くの沿岸などの海底の泥の中、木の枝、海藻、岩磯の下にもぐって過ごす。そして、河川水温があたたまったり、満潮時刻、日没時刻、潮高などが溯河に好適になるまで待っている。

 この時期は10月初旬から5月下旬で、最盛期は沿岸水と河川水の水温差が小さくなる、2~3月ごろである。

 もちろん日本列島では、南ほど早く、黒潮の影響が強い、内海よりも外海に面した海岸の方が早い。

 その行動は、ほとんど夜間であり、日没と同時に動き出し、満潮に乗って河をのぼり、明けがた近くなると終るのが普通である。

 1日で最も盛んな時間は、日没後3時間以内である。そのときの体は透明で、心臓の鼓動が外部からもよく観察でき、消化管内には有機物の残りカスが満たされている。シラスウナギは、成長するにしたがって体色素が増加して、黒色を帯び、クロッコまたはダッコとなり、5月頃には、シラスウナギに混じってクロッコが多くなる。

 7月頃には体長15cmぐらいまで成長したものも河をのぼりり、8月には次第に減少してくるが、それでもメソッコは秋季ごろまで少しずつ河をのぼる。

 これらの鰻の仔魚は、いったん河をのぼり始めると、どんな障害があっても、それを超えて、ただ前進するのである。

 カニ、エビ、貝、小魚などの動物性のエサを食べながら、少し湿気と小さな流れさえあれば、どんどんとのぼる。とても登れそうにない断崖でも、のぼっては落ちの連続を繰り返し、ついに成功するのである。

 揚子江では河口から2,000Kmもある上流の四川省までのぼるし、ナイアガラ瀑布さえものぼりつめ、エリー湖に達するという。

Image

エサにむらがる黒仔

 このような状況は、各地の電源開発でできたダムに向かう、鰻の溯上報告でも分かる。河口から莫大な数の鰻が群れをなして、のぼる様子は壮観である。
そして、河川の両岸に沿って川の水が色変わりするほどあったが現在では残念ながら見ることはできない。

 鰻はいろいろな障害を乗り越えて、目的地の小溝、川、湖沼、潟などに生息すると、昼間は、岩陰、穴、泥の中にひそみ、夜間は活発に泳ぎ、盛んにエサをあさる。貧食な魚であるが、その縄張り範囲は比較的狭く、60~140mぐらいである。

 春から秋にかけてエサをとる量が増え、初秋に最もよく成長する。これは、越冬のためにエサをよく食べるからである。水温が15℃以下になると急に食欲が減退し、10℃になると、エサをとらなくなる。

 鰻の天然のエサは、貝、小魚、昆虫、エビ、カエルなどである。冬はエサを食べず、泥の中にもぐって、ほとんど出ない。しかし冬でも断続的に水温が10℃以上になることがあるが、そんな時は、浮かびでてエサを取ったりする。

うなぎの世界 トップページへ戻る


下りウナギ

Image

出荷間近の成鰻

河川、湖沼に生息する鰻は、成熟するまで、春から8月下旬ごろまで、常に上流に向かってのぼる性質が認められるが、9月中旬ごろに水温が下りはじめると、一部は下流に向かって、流れにしたがう性質に変わる。しかも、風雨の時に移動が多い傾向がある。

 この現象は、上流が寒冷であるため、下流は上流に比較して、あたたかいため冬は下流の深い場所を求めて移動する。

 そこで越冬をして、春になると、また上流へ移動する。

 こうして、雄魚は3~8年、雌魚は雄魚よりも1年ぐらい遅れて成熟する。

 成熟年齢に達した親魚は、9月下旬ごろから10月下旬ごろになると、体の色素が蒼黒色となり、側面はうっすらした黄金色の光沢が出てくる。腹部は薄紅色を呈して、胸鰭(むなびれ)の基部は金箔(きんぱく)色を呈する。つまり、婚姻色を帯びてきて、河口から海に下り、産卵場へと向かうわけである。

 この時期は北部は早く、南部ほど遅れて下る。この鰻を下り鰻といい、まだ生殖行動をするほどは成熟していないので、雌雄が一緒に群をなして降下する。

 海に下り始めると、絶食に入り、決してエサをとろうとしない。したがって消化管が、しだいに退化してくるのである。

 そのため、下り鰻は網や簗(やな)などでは、多量に獲れるのだが、好物のエサをつけてある釣り針には、まったくかかることがない。

 下り鰻は、ひたすら、産卵場に向かって海流にさからって旅をするわけであるが、遊泳速度は1日に8~32カイリ、場合によって、環境が下り鰻に好都合であると、1日に30~60カイリも進むことがある。

うなぎの世界 トップページへ戻る


幼鰻(シラスウナギ)漁

Image

 種苗の漁法は、魚が元気であって、無傷で漁獲する必要があるため、三角形状などの手網のものが多く、きわめて簡単な漁具で、小規模におこなわれることが多い。その網の大きさは、寒気の中で、長時間にわたって作業をするので、あまり大きくないものである。夜間におこなうために、灯火を必要とするが、シラスウナギの魚群を確認できる程度の光度でする。鰻には光りに集まる習性は期待されないので、むしろ光が強力すぎると、水温の高い時期には、逃避さえする逆効果となる。獲れたシラスウナギは、水がよく流通するように、約3mm目の金網を張った木製の容器に入れる。だいたいシラスウナギを、1.8~2.0kgぐらい収容することができる。

 1日に4kg以上獲れる場合には、鰻の輸送用の重ねざるの内面に、さらし木綿を内張りしておけば、このざるには4~7kgぐらいは入れることができる。  獲れたシラスウナギは、採集直後か、そのつぎの朝には問屋に渡される。

 そこで直径40cmの竹ざるに入れ、10個ぐらい重ねて水を通して1日間蓄養する。(蓄養中のシラスウナギは、ふつう10~20%はへい死する)。

 そして、問屋から養鰻業者にトラック輸送するが、輸送時間が10時間で、そのへい死率は10%以下である。

 シラスウナギを手網によらず、大量に漁獲したいと思う漁法としては、浜名湖、利根川などで使用される鰻袋網と称する定置網がある。網は嚢(ふくろ)と両翼からなっており、木、竹杭で水流を横断して定設し、シラスウナギが自然に嚢網の中に、入るようにしてある。網の大きさは、使用水面の広さによって異なり、水の勢いが急でなく、網の入口の2/3ぐらいが、水中にある程度の水深に設置し、30分~1時間おきに捕獲シラスを移す。

 茨城県では、小網ですくう小規模の漁獲のほか掛袋網で大量漁獲する。この掛袋網漁では最高で50kg、少ないときは1kgに満たないこともあり平均して10kg前後である。

 浜中湖ではメッコ網と称する待網を、夜間の満潮時にミオスジに張って漁をする。一夜で、ひと網あたりの漁獲量は1~2kgぐらいである。

外国でのシラスウナギ漁

 ドイツでは古くから、シラスウナギを内水面に移殖放流するために、河口岸で、すくい網で獲っている。網の形は、長方形や円形状のものである。

 フランスでは、船による巾着網(きんちゃくあみ)で漁獲し、オランダでは、シラスウナギが河をのぼる前に、沿岸の海底に生息して、夜間浮上して活動するのを漁獲するため、トロール船の中層びきでひき網をするか、停船して潮流の動きを利用して獲る方法で漁をする。

うなぎの世界 トップページへ戻る


成鰻(ウナギ)漁

 現在の市場に出回わっている鰻は、ほとんど養殖によるものであり、天然ものが占める割合は全体の5%にも満たない。

 日本の漁法を説明するが、日本と外国で比較してみると、かなり類似したものがある。

筌(せん)

 鰻筌は、細い割竹を細いシュロ縄で数ヵ所を編んでロート状にしたもので、中に、タニシ、サナギの粉末と、あぶったヌカを混ぜて練ったものなどのエサを入れる。1度入った鰻は2度と出られないようになっている。この漁具は、最も原始的なものの1種とされている。この筌をそのまま水中にしずめる場合や連結して延繩(はえなわ)式にする場合もあり、堰(せき)を築いて、鰻を誘導する堰筌とする漁法がある。

鰻筒

 鰻が明るい場所を嫌い、穴を好む性質を利用した漁法であるが、筌よりも漁獲率は劣る。これは、直径7~15cmぐらいの直竹を2節つけて、切断して一方の節は除き、底の方の節はそのまま残す。入口の近くに孔(あな)をあけて糸を通し、糸の一端を結びつけて、水の中に入れる。取りあげるときは、筒を徐々に水際まで引っぱり、すくい網で受け、浅い場所では両端を両手でふさいで取りあげるため、とても不便ではある。

笹漬(浸)
又は紫漬

 やはり、鰻が暗い場所に好んで潜る習性を利用したもので、全国各地におこなわれている。笹や椎、楢、栗などの葉がついた小枝を1m内外、根元をよく束ねて、強い幹(ミキ)繩に1.5~2m間隔で、枝(エダ)繩をもって多数結びつける。1夜を経過したら、ゆっくりとたぐって枝繩をあげて、水面近くなったら、三角網で受け、水から離して束を振ると、鰻や稚魚が獲れる。晩秋から初春に効果のある漁法である。

鰻倉

 河水の平水が、40~60cmぐらいの静かな下流地域の漁場に、こぶし大の丸い石を周囲2~3mぐらいの大きさに凸形に積みあげ、水面から 20~30cmぐらい上に出す。これを水の勢いにしたがって、各所に多数設置すると、鰻はこの中に侵入する。この石倉の周囲を細目の網で囲み、徐々に石を取りはずし、潜入した鰻を獲る。

鰻簗

 河水の平水が、40~60cmぐらいの静かな下流地域の漁場に、こぶし大の丸い石を周囲2~3mぐらいの大きさに凸形に積みあげ、水面から 20~30cmぐらい上に出す。これを水の勢いにしたがって、各所に多数設置すると、鰻はこの中に侵入する。この石倉の周囲を細目の網で囲み、徐々に石を取りはずし、潜入した鰻を獲る。

鰻簗

 秋季の下り鰻を獲る漁法のひとつである。河の両岸に、肩幅2mぐらいの小舟2せきを約8m間隔に水流に向けて並べ、胴木でつなぎ、この間に簗網枠を作り、網または簗を作って漁獲する。暗夜に使い、降雨、出水時などでは多量に獲れる漁法である。

長袋網

 霞が浦沿岸で広く使用され、漁期は、春と秋の彼岸後の夜が最盛期で、漁場はゆるやかな水流で、水深4mぐらいの水底が砂質のところが最適である。鰻の他、スズキ、マルタなどの稚魚も獲れる定置網漁で、このやや小型のものが、待網漁である。

手繰網

 船上から投網して、船上に引きあげる漁法で、茨城、千葉の利根川付近でおこなわれ、漁期は5~10月である。

穴釣

 長さ1mぐらいの藤竹の竿の先に鉤を結び、その鉤にエサをつけて、鰻の潜伏しやすい所に鉤を竿にかけたまま、静かにさし入れ、エサに食いついたときに、充分食い込ませ、よく引っかけたら、徐々に引き出す。エサはミミズのほか、アユ、ドジョウを用い、全国各地でおこなわれている。

挿釣

 鰻はとても用心深く、りこうな魚であるので、穴釣はかなりベテランでないと、引き合わす加減が難しい。度々釣を外(はず)すと、深い穴底に入って、エサに食いつかなくなる。そこで穴釣に失敗した穴には、この挿釣魚にする。これは、穴に鉤を挿入(そうにゅう)して置きしばらくしてあげるか、1夜を置いてから引きあげる方法で、鉤の形はソデ形が有利である。

手釣

 一名、ブッコミ釣というものでオモリとエサづけした鉤を、なるべく遠くの下流に投げ入れ、ひとさし指と親指で、軽く持ち、アタリがあれば、1mぐらい引きかげんで合わせる。

延縄漁
(はえなわ)

 ごくふつうの漁法で、水面の広い場所で使われる。延縄につける釣鉤は各地で異なり、使うエサも、ドジョウ、ワカサギ、タニシ、エビなどと、各地でも漁期でも異なる。漁期は3月から12月ごろまでである。

鰻突
Image

東都宮・戸川之図(國芳画)

 竿先についたモリで鰻を突くもので、河川か入江に、1人乗りの川船で、箱めがねを使って川底をのぞき、鰻を突いて獲る漁法である。

鰻掻
(うなぎかき)
 鰻鎌

 鰻鎌は鰻鉤、鰻掻ともいい、全国各地で広く使われているが、少しずつ違うところがある。竹の柄に、はめて使う。漁法は、1人乗りの小舟で、鰻鎌を真直に水中に下し、鉤の先を前方の泥中に約1mぐらいを走らせ、鰻をひっかけるもので千掻き1回(1,000回かいて1回とれる)くらい難しい。このほか、網に足などで追い込む鰻踏漁などがあるが、多くの漁獲量は期待できない。

うなぎの世界 トップページへ戻る

登亭トップページへ戻る